(構成・文=横山 晴美/ファイナンシャルプランナー)
「住宅ローンは一日でも早く返済したい」と考える人は多いです。
特に、退職後に住宅ローンの返済が残るのは避けたいと考えるのが一般的です。
定年退職時に住宅ローンを完済したい場合、退職金での一括返済を検討することになるでしょう。
とはいえ、退職金を住宅ローンの繰り上げ返済に使うことは、いい点ばかりではありません。
退職金で繰り上げ返済する際のメリットとデメリットをご紹介します。
退職金で住宅ローンを一括返済するメリット
退職金で住宅ローンを一括返済する人は一定数います。
それには次のようなメリットがあるからです。
なお、退職時に残っている住宅ローンの額は、ほぼ退職金と同額であると考えていきます。
メリット1 毎月の返済額を抑えやすい
退職金で一括繰上げ返済することを計画しているなら、退職後の返済期間が長くとも問題になりません。
借入年齢にかかわらず、返済期間を最長の35年とできるので、毎月の返済額を抑えることが可能です。
メリット2 返済計画が明瞭
退職前の段階でことさら繰上返済を行う必要がありません。
在職中は漫然と返済し、退職時に一括繰上げ返済する返済プランは非常にシンプルでわかりやすいです。
退職金に頼らない返済プランでは、「こまめな繰り上げ返済」や「金利上昇に伴う借換」など、状況に応じた返済の仕方が要求されます。
それらを考慮せずにすめば、ストレスフリーでしょう。
メリット3 住宅ローン返済が退職後に残らない
退職金を活用して住宅ローンを完済することで、退職後の支出をぐっと抑えることが可能です。
また、退職金を活用すれば、それまでに貯めた預貯金を温存することができるでしょう。
退職後は収入が減るだけでなく、退職年齢と年金の受給年齢に差がある場合は収入がゼロになる可能性もあります。
退職時に借金(住宅ローン)がなくなるのは大きなメリットです。
退職金で住宅ローンの繰り上げ返済をするメリットは多いようです。
ただしメリットばかりではなく、デメリットや注意点もあります。
どんな点なのでしょう。
退職金で一括返済するデメリットと注意点
当然ですが、一括返済に回せば退職金がなくなるか、大きく減ってしまいます。たとえ退職金が住宅ローンの返済ですべてなくなっても、その後の生活費があれば問題ありません。
しかし、主な収入源は年金で、年金で足りない分は預貯金を切り崩して生活するのが標準的なリタイア後の生活です。
退職金が住宅ローン返済に回されるなら、自前で老後の資金を作っておくか、再就職などで老後資金の不足を回避しなければなりません。
また、家計上の誤算が生じるケースもあります。具体的な事例を3つ見てみましょう。
ケース1 退職金の額を読み違える
日本企業の退職金制度の多くは、「終身雇用制」を前提としており、長く勤めるほうが受取額は有利です。
しかし、今や転職は珍しいものではありません。
住宅購入後に会社を変わることで、当初想定していたよりも退職金が低くなる可能性があります。
当然、想定以上の退職金が受け取れる可能性もあるわけですが、リスク管理の面からは、退職金の額は少なめに想定しておくほうが望ましいです。
ケース2 退職金の受け取り方法を失念
退職金の受け取り方は企業によって異なります。
「一時金として受け取る」場合や「一時金形式と年金形式のどちらかを選択できる」ことが多いですが、中には年金形式でしか受け取れない企業もあります。
その場合、退職金を一括繰上げ返済に回すことはできなくなります。
ケース3 退職後の出費を失念
「住宅ローンは退職時までに完済しなければならない」との思いが強すぎて、その他の支出のことを考慮しきれないケースがあります。
在職中に貯めた預貯金や年金で、退職後の生活費を十分に確保しているつもりでも、リフォーム費用や子供の結婚式など、生活費以外の支出が生じるかもしれません。
退職金をある程度温存しておけば、臨時出費の際も安心です。
退職金の有無や金額は絶対的なものではありませんし、住宅ローン以外の支出で計画が狂うことも考えられます。
退職金に頼るのは問題ありませんが、頼りすぎないよう気を付けたいです。
意外と多い?退職時の住宅ローン残高
退職時に住宅ローンがどの程度残るのかも重要です。
いくつかのパターンでシミュレーションしてみました。
【前提条件】
- 金利種類 全期間固定
- 適用金利 1.5%
- その他の諸経費 考慮せず
- 退職年齢 60歳
35歳で借入する場合
1.借入額 3000万円
返済期間 |
30年 |
35年 |
毎月返済額 |
103,536 円 |
91,855 円 |
60歳時点の残高 |
約598万円 |
約1022万円 |
完済時年齢 |
65歳 |
70歳 |
2.借入額2000万円
返済期間 |
30年 |
35年 |
毎月返済額 |
69,024 円 |
61,236 円 |
60歳時点の残高 |
約398万円 |
約682万円 |
完済時年齢 |
65歳 |
70歳 |
40歳で借入する場合
3.借入額 3000万円
返済期間 |
30年 |
35年 |
毎月返済額 |
103,536 円 |
91,855 円 |
60歳時点の残高 |
約1153万円 |
約1479万円 |
完済時年齢 |
70歳 |
75歳 |
4.借入額2000万円
返済期間 |
30年 |
35年 |
毎月返済額 |
69,024 円 |
61,236 円 |
60歳時点の残高 |
約768万円 |
約986万円 |
完済時年齢 |
70歳 |
75歳 |
※60歳時点の残高が、1000万円以下の場合「赤」、1000万円超は「黄」
退職金で住宅ローンの一括返済を考えている人が必ずしたいこと
先のシミュレーションからは、借入額と返済期間でかなり60歳時点の住宅ローン残高が変わることがわかります。
退職金で住宅ローンの一括返済を考えている場合、ご自身の退職時の住宅ローン残高を算出することが必須です。
無料のシミュレーションを利用したり、不動産会社に相談したりして、「想定する退職金」と、退職時の「住宅ローン残高」を比べてみましょう。
退職金より住宅ローン残高の方が大きければ、退職前の繰り上げ返済や返済期間の短縮などの対策が必要になります。
退職金の方が多い場合も、退職金がいくら残るのかを計算してみてください。
年金額や生活費をざっくりでいいので確認し、退職後の生活をイメージすると、失敗が少ないはずです。
退職金の活用法は
退職金で一括繰上げ返済をするリスクについてお伝えしました。
とはいえ、退職金を住宅ローン返済に充てること自体は問題ありません。
忘れてはならないのは、退職金は退職後の生活を支える大事な資金である点です。
そのため、預貯金がよほど豊富でない限り、退職金を住宅ローン返済で使い切ってしまうのは避けたいです。
住宅ローンを完済することにこだわらず「退職金の一部は資産として残す」ことを目指すといいでしょう。
退職金を守るための繰り上げ返済の方法
「資産が豊富でないので退職金は一部残したいが、退職後に住宅ローンの返済が残ると生活が苦しい」といったケースもあると思います。
そういった人は、状況に合わせで退職金を利用していきましょう。
退職金全額で一括繰上返済するのではなく、一部を活用して返済を楽にするのです。
一部繰り上げ返済には次の2種類があります。
返済額軽減型
返済期間はそのままで、毎月の返済額が減ります。
この繰り上げ返済によって、返済できる範囲に返済額を減らすことができます。
支出の見直しなども行い、退職後でも返済が続けられる額まで繰り上げ返済するといいでしょう。
返済期間短縮型
毎月の返済額はそのままで、返済期間が短くなります。
この方法は、継続雇用や再就職が叶う人に向いています。
働き続けることができる期間で完済できるような繰り上げ返済をするといいでしょう。
退職後に収入が減ると返済の負担は重いかもしれませんが、返済期間短縮型のほうが利息軽減効果は高いです。
どうしても退職時に住宅ローンを完済したいなら
退職後に住宅ローンの返済が残ることを、絶対に避けたい場合は、退職金を使い切らないで済むよう工夫しましょう。
シミュレーションを行い、住宅ローンの残高が退職金と比較して少額ならばそのままで大丈夫ですが、そうでない場合は在職中から繰り上げ返済しておくといいです。
もしくは、退職金の大半が住宅ローン返済に回っても大丈夫なよう、自己資金をしっかり積み増ししておくことが必要です。
まとめ 退職金の使途は、幅広い視野で最善の方法を
退職金を住宅ローン返済に充てることは悪いことではありません。
ただし、住宅ローンの返済を最優先にしてしまうと、老後資金に悪影響を及ぼす恐れがあります。
「退職金額」「住宅ローン残高」、そして「老後の生活費と臨時出費」などの情報をきちっと入手したうえで、すべてにとって無理のない方法を選択するようにしましょう。

ライフプラン応援事務所代表
企業に属さない独立系FPとして、2013年ライフプラン応援事務所を立ち上げて以降、住宅相談を専門に扱う。マイホーム相談では保険見直し、教育費、退職後プランなど総合的な視点で資金計画、および返済計画を考案。相談業務のほか、セミナー講師、執筆業など情報発信にも力を入れている。»ライフプラン応援事務所